「それは目的じゃなくて、手段だよね?」
通勤電車のサラリーマンからも、街中のカップルからも、
しばしば耳にするお馴染みのフレーズ。

 「○○の資格とりたいんだー」
 「それは目的じゃなくて、手段だよね?」

達成すべき目的を明確化してみると、
実はそこにたどり着くための手段はひとつだけではない。
その中で、最も良い手段を選んだり、
ある手段が行き詰まった場合に、別の手段に切り替える。

基本的に、この考え方は合理的で正しいと思うが、
一方で、こうした考え方が適さないケースというのはないのだろうか。

Apple社のCEO、Steve Jobsのスピーチ(2005, Stanford Commencement)にこういう下りがある。


You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
将来に向けて「点」と「点」を繋ぐことはできない。繋ぐことができるのは、過去の「点」だけだ。だから、君の将来において「点」と「点」とが繋がることを信じなければならない。

You have to trust in something - your gut, destiny, life, karma, whatever - because believing that the dots will connect down the road, will give you the confidence to follow your heart, even when it leads you off the well-worn path, and that will make all the difference. 
そのためには君のガッツ、運命、人生、カルマ、など「何か」を信じなければいけない。なぜなら「点」は最終的に繋がると信じることが、心の赴くままに進む自信を君に与えてくれるからだ。例え月並みの人生を踏み外したとしても、それがすべての違いを生み出すのだ。


また、以前、脳科学者の茂木さんが2007年末の日本経済新聞で次の様なことを書いていた。


人間の脳っておもしろくて、「ボールを投げたら落ちる」とは予想できるんですが、変化を積み上げていって、量の変化が質の変化につながるようなものを予測するのが苦手なんです。「インターネットがこれからは大事だ」ということは一昔前から論理的には明らかだったが、感覚的にヤフーやグーグルがこれほど大きなプレゼンスになるとは誰も予想しなかった。ユーチューブも。10年後には今は想像もされていないものが大きな存在になっていると思う。


似たことをいっていると思うのだけど、「結果」というのはそれほどはっきりと予測できる性格のものであるとは限らない。従って「目的がはっきり定義できないうちは、動いてはいけない」という思考をすべての物事に適用して行動を遅らせたり、安直な目的を無理矢理置いたりすると、それは将来的な「結果」や「質的な変化」を生み出す可能性を摘み取ることになる。

「目的ではなく手段だよね?」という指摘は、容易に予測できる様な目的について、より確実に、合理的なリソースで扱うための手段のひとつとしては有効だと思う。一方で、この指摘が適さない「最初の一歩」も存在する訳で、このフレーズをいつでも発することを目的化してはいけない。

「風が吹けば桶屋が儲かる」のことわざは、「あり得なくはない因果関係を無理矢理つなげて出来たトンデモ理論」と解釈することもできれば、「Connecting the dots looking backwards」の話として解釈することもできます。

根拠無い自信とともに積み重ねている量的な変化を、いつか質的な変化へと繋げたいものです。