先日、家の近くで信号機工事をしており、いわゆる赤、黄、青の自動車用信号機が柱から取り外されていました。その取り外した信号機と間近で対面したのですが、そのサイズの大きいこと。

あの圧倒的なインパクトは、一体何だったのか。
トラックの様な車高でもぶつからない高さに設置されている信号機のことを、歩行者は通常その距離よりもさらに離れた場所からしか見ていない。そんな物体を修理中という状況下で近距離で見たときに、単なる遠近感を越えた、ふところに飛び込まれた様なインパクトがあったのではないか。

つまり、自分が覚えたインパクトは、信号機の持つ「普段、一定以上の距離を置いてしか関わっていない存在」という要素に起因していたのかもしれない。

同様に考えれば、某ハンバーガーチェーンの「ドライブスルー」標識や、電柱の上にある柱上変圧器、あるいは奈良の大仏様の髪なども、目前にするとインパクトを覚えそうです。

それまで手が届かないと思って遠く思い描いていたものが何かの拍子で目の前に現れる瞬間、その圧倒的なリアリティを受け止められるだけの心の準備を常に持ちたいものです。これは、物理的なモノに限らずですね。夢・・希望・・愛・・ヨロコビ・・コンワク・・トマドイ・・、ってそれは塊魂ですが。


本物の信号機と同じように自動車用信号機と歩行者用信号機が連動で切り替わるそうです。信号機を見下ろすことまでできてしまう、ガリバーな一品。